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最高裁判所第三小法廷 昭和42年(あ)1657号 判決 1968年7月16日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人中垣内諭、同中垣内映子の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもって調査するに、本件は、交通規制の行なわれていない交差点において、そのほぼ中心に設置されているロータリーの左側を進行して右折しようとした自動車の運転者である被告人が右方に対する注意を欠いたため、ロータリーの右側を進行してきた普通貨物自動車の発見が遅れ、同車の左側面に衝突したという事案である。

そこで、被告人に原判決が説示するような過失があるかどうかを検討する。原判決によると、本件交差点は、そのほぼ中心にロータリーを設置してあるだけで格別の交通規制もなされていない原判示のような変形十字交差点であって、被告人は軽四輪自動車を運転して大宮方面から右交差点に進入し右折して南方善光寺新道方面に向う道路に入ろうとして、ロータリーの左側の辺で時速五、六キロメートルに減速したうえ右折進行したが、左方(南東方)東京方面に通ずる道路から進行してきた自動車に気をとられ、右方に対する注視を欠いたまま徐行程度の速度で進行を続け、ロータリーを通過し終ったころ、右方から進行してきた鈴木重好運転の普通貨物自動車を目前に認めたので、ブレーキをかけたが間に合わず、ロータリーを少し出たところ(第一審検証調書添付の検証見取図第二図記載のA点ないし3点。同図記載によれば、ロータリーから約一〇メートル離れている。)において、自車の右前部フェンダーの辺を鈴木の車両の左側後輪の辺に衝突させたというのであり、これに対し、右鈴木は被告人と同様大宮方面から交差点に進入し、時速四〇キロメートルをこえる速度でロータリーの右側を進行して善光寺新道方面に向う道路に入ろうとしていたが、ロータリーの右方に達したとき同道路入口の横断歩道上に通行人を認めたので、とっさに右折することをやめ東京方面に向う道路に入ろうとしてそのまま直進しようとしたところ、被告人の車両が目前に迫っていたので、急ブレーキをかけたが間に合わなかったというのである。

右のような状況のもとでは、被告人がロータリーの左側を低速で進行し、東京方面に向う道路から善光寺新道方面に通ずる道路に向ってすでに右折していることが一見して明らかであるから、他の車両等は、その進行を妨げてはならないのであって(道路交通法三五条、三七条参照)、停止または徐行して被告人の車が通過し終るのを待って進行すべきものである。まして、右鈴木のように、ロータリーの右側、すなわち大宮方面から東京方面に通ずる道路の右側部分を進行して、被告人の車の直前を横切って進行するようなことは、通常予想することもできない無謀な運転方法というほかはない(ちなみに、鈴木自身も事故の直後は自己の一方的過失であると認めていたことは、記録上明らかである。)。したがって、前示のような速度と態様で右折している被告人としては、特別な事情のないかぎり、右側方からくる他の車両が交通法規を守り自車との衝突を回避するため適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足りるのであって、前記鈴木の車両のように交通法規に違反し時速四〇キロメートルを超える速度でロータリーの右側を進行して自車の前面を突破しようとする車両のありうることまでも予想して右方に対する安全を確認し、もって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当である。

原判決は、本件事故発生の時刻のように早朝等の比較的通行車両の少ない際には、大宮方面から交差点を右折して善光寺新道方面に向う車両、あるいは善光寺新道方面から交差点を右折して東京方面に向う車両のうち、かなりの車両がロータリーの右側をこれに近接して進行していた本件衝突地点付近を通過していたが、このような右折内小まわりの通行方法は何ら交通法規に違反するものではなく、しかも被告人はこのようなロータリーの右側を進行する車両のあることを平素現認していたから、被告人は本来右方を注意する必要があったと判示する。しかし、司法警察員作成の実況見分調書、原審検証調書等を対照すれば、大宮方面から進入し善光寺新道方面に向ってロータリーの右側を右折内小まわりする通行方法(これが道路交通法三四条二項の規制に副うかどうかも検討を要する。)をとる車両は、ロータリーに近接せず、むしろロータリーから離れて直近の径路で進行するものと考えられ、現に第一審検証調書記載の鈴木の指示説明をみても、このような車両が本件衝突地点付近を通過すると認めることは疑問である。また、善光寺新道方面から東京方面に向ってロータリーの右側を右折小まわりする車両は、前方ないし右前方を注視することにより容易に認識しうるのであって、右側方に対する注意義務の存在を根拠づけるものとはいえない。原判決が右説示のようにロータリーの右側を右折内小まわりする車両が適法に本件衝突地点付近を通過する場合があり得ることを前提として、被告人に本件業務上の注意義務があると判断したのは、審理不尽または法令の解釈を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よって、刑訴法四一一条一号、四一三条本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)

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